星に願いを
定時よりもだいぶ遅くなってからの時刻。 今日は大きな手術が急遽二つも入り、精神的にも体力的にもちょっと疲れた感じの椿は、ジャケットのポケットに両手を突っ込みながらだらしなさそうにフラフラ歩き、裏口を通って関係者用の駐車場へと向かった。
「くそう、腹へったなぁ…。面倒だがどっかで簡単に食って帰るかぁ」
そんな独り言をぼそりと呟きながら、両手を空に向かって上げながら大きく伸びをひとつすると、その目の端をスッと何かが通り過ぎていった。
「なんだぁ?」
その先を追いかけるが既に光は消えていた。
「UFOか?」
そんな馬鹿な事を言いながら両手を頭の後ろに組んで空を見上げていると、再び同じような地点からひかりの筋が通りすぎていった。
「あぁ、流れ星か…」
こんな都会でも見れるのだと、なんとなく一人で納得をしながらも、しばらくその夜空を眺め続ける。
「あら、先生。こんな処でなにをなさっているんですか?」
すると突然、同じように裏口から帰ろうと出てきた看護婦に声をかけられた。
「あっ、もしかして獅子座流星群ですか?今夜でも、もう見えますか?」
横に立って一緒に空を見上げてみるが、もう星の流れは何処にも瞬いていなかった。
「流星群?」
椿は看護婦の顔を見ながら、不思議そうにそう尋ねる。
「やぁだ、先生。もしかしてご存知ないんですか?獅子座流星群。明日の夜が最大のピークで、雨みたいにものすごくたくさん流れるって、テレビとかで大騒ぎしてましたよ」
「そう言えばそんな事を聞いたような…」
そう、今朝も何気なくつけていたテレビでもそんな事をいっていたよう気もするが、本気で見ていた訳でもなかったので、全然気にしていなかったのだった。
「ステキな彼女でも誘って、何処かに見に行かれたらいかがです?この頃先生、全然遊んでないんでしょう?」
そんな風に真正面から、からかいの口調で言われてしまう。
「分かるか?マジメな俺様になっちゃってさ。冬もやって来たってえのに、すっごく寂しいんだよね。良かったらこれから俺と食事でもどう?」
だから椿も、フラれるのが分かっていながらがも、ふざけた口調で誘ってみる。
「まぁ、嬉しい。でもそこに彼が迎えに来ているので、今夜は遠慮します。それに先生の本命の方にも悪いでしょ?こんなドサクサ紛れ見たいに、美味しいトコ取りしちゃったら」
ちょっとドキリとしながらも、そんな事をおくびにも出さずに、椿は軽く否定してみせる。
「本命?そんなのいないよ」
「あらっ、そうですか?先生は女性と遊んでも絶対本気にならないから、てっきり本命の方が居るんだと思ってましたわ」
そう言うだけ言って、看護婦は奥に止めてあった車へと歩いていってしまった。
「女は怖い。本能だけで核心を衝くんだからな…」
椿は歩き去る看護婦の背中に呟くと、自分も止めてある車へと歩き出す。
「そう言えば…あいつも気付いていないかもな。獅子座流星群…」
ロックを外し、ドアを開け乗り込み、シートにドサリと座る。
エンジンをかけながらも、しばらく考えるように身体を前方に倒してハンドルにもたれていたが、再びエンジンを止めてしまうと、先ほど出てきた病院の中へと戻って行く。
空ではまたひとつ、星が流れていった。
摩天楼の明かりの燈る東京の夜空。
その中に紛れ込むかのような、細い微かな光。
きっと明日は見れるだろう。
雨のように降り積もる、光のシャワー。
だから今夜は少しだけ待っていて。
明日にはきっと…。